エンジョイ勢がなんか言うだけ

日記帳 Twitter:@mokugyo327

徒然草

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 タイトルの通り、本記事の内容は私の感情論であり、特定の誰かを批判する意図は一切ない。


☆漠然と感じている危機感

 最近、「自分の人生を捧げられる分野を早く見つけないといけない」という漠然とした危機感が常にある。

 ネットを見れば「社会に出る時には一本釣りされる人間にならなければいけない」という啓発の言葉が並んでおり、自分がそうではないことを自覚して焦りを覚えてしまう。

 また、「10年1万時間かければどんなものでもプロになれる」という言説を聞いたこともあるが、それだけの時間を費やすのは尋常ならざる情熱が必要だろうとも思える。

 高校生の頃だけはそういう生活を出来ていたが、現状当時と同等以上の熱量を持って取り組む事の出来る分野に出会えていない、と感じ焦っている。

 

 こんな事を感じるのは「モブのまま死にたくない」「主役として生きていきたい」という願望があるからである。

 今の所、私はどう贔屓目に見てもそこら辺にいる普通のモブでしかないが、そんな人生になんの意味があるのかと疑問に思わずにいられないのである。

 主役願望など身勝手な望みであることは重々承知しているけれど、どうしても今のままではしんどいのである。

 過去を振り返った時に、高校生の頃確かに全てを学業に捧げていたと自負しているが、当時の私には「職業」という観点が欠落していた。一流の人間は往々にして幼い頃から将来の道筋を見据えて行動していたという話を聞くにつけ、この時点で出遅れていたとしか思えない。

 あるいは、もうその時点で人間としての「格」が決まっていたのだろうか?堂々巡りが尽きない。

 

 何周堂々巡りをしようとも、私が取れる結論は以下の2つしかないように思える。

 1つは、全て諦めて「モブ」として生きる道。

 もう1つは、情熱を注げる分野を可能な限り早く見つけて努力する道である。

 幸福を追うなら決して前者も間違ってはいないけれど、私は後者の道を歩みたい。

 私は、「私という人格を持って生まれてきた意味」があった事を証明したいし、その為に何かの分野で一廉の人間になりたいのである。

 その為の方法論が見えている訳ではないけれど、まずは今取り組んでいる分野に真剣に取り組む事から始める事にする。

 

 

 要するにブログもサボらずに更新を続けるべく、習慣を取り戻す事から始めるという事である。ブログを定期的に更新するという事もかつて想像していたより難しいものだと感じている。

 当たり前の事を当たり前にできる人間は強い。


 ☆最後に

 そういう訳で、6世代の頃の勢いを越えられるように精進します。次回はリンク集系の記事を予定しております。