説明するって難しい
パッケージ氏の記事を見ていて得た感想。
ポケモンをプレイするにあたっては可能な限り言語化していきたい、というお話。
こちらの記事で氏は、「自転車の乗り方」を例に挙げ、技能を言葉だけで説明することの難しさと、技能を習得するには実践するしかない事を説いておられる。
これ自体については納得がいく。私も、自転車の乗り方を言葉だけで説明しようと試みたがうまくいかなかった。
一方で、ポケモンの対戦や構築の説明については必ずしも当てはまらないのではないか、というのが最初の感想であった。
自転車の乗り方に対する感想と異なる事を考えると、「ポケモンのプレイング」と「自転車の乗り方」の間には何らかの差があると考えられる。
この違いについて考えたところ、「陳述記憶と手続き記憶の違い」という仮説にたどり着いた。
陳述記憶と手続き記憶については、検索すると以下のページにて詳しく説明されていた。
大雑把に言えば、言語や記録の形で覚える記憶が陳述記憶、所謂「体で覚える」タイプの記憶が手続き記憶である。
何故こんな話をしたのかと言えば、「ポケモンのプレイングに関する記憶(所謂ダメージ感覚とか経験則も含めて)」は殆ど陳述記憶で有り、それ故に構築の使い方やプレイングを言語化する事も困難ではあるが可能ではないか、と感じたからである。
例えば、こちらの記事では、「ヤミヌケ」という構築について、メンバーの採用率から基本的なコンセプト、メジャーな並びへの選出・立ち回りに至るまで非常に丁寧に説明されている。
このような記事が世に出ているという事は、つまり構築の動かし方やプレイングを言語化する事も努力次第で可能、という事である。
しかしながら、努力次第で可能ならば私にも出来るのか、と言えば、ここまで密度の高い記事は書ける気がしない。
理由について考えるに、「そもそもこれ程の記事を書ける程考え抜くことが出来ていない」という理由が浮かんだ。
私にもS3以降S12に至るまで、足掛け2年弱に渡って使い続けた構築があるものの、採用理由・選出・立ち回りに至るまで、手なりになってしまう事が多かった。
良く言えば柔軟である、という事だが、上記リンクに挙げたような綿密な記事が書けない、という事はつまりそこまで考え抜いていない、という事だと気づいた。
今後は、上記リンクの記事を書けるレベルまで理解度を深めるという事を目標に、そのステップとして「構築作成を含むすべてのプレイについて、その理由を即答出来るようにする」という事を意識したい。